夢のような恋だった


「あの、初めまして。幾多です」

「初めまして。葉山です。よろしくお願いします」

今日何度したかわからないほどの社交辞令を重ね、ビールを注ぐ。
でもこれはチャンスだ。流れで智くんにも話しかけられる。

そのまま智くんの方にもビール瓶を向けた。


「ど、どうぞ」

「……あ」


一瞬ぎこちなく固まる空気。
智くんは目を伏せてグラスを差し出し、信じられない言葉を呟いた。


「……初めまして。中津川です」

「え……?」

「あ、葉山さん、溢れてる溢れてる」

「あ、ごめんなさい」


ビールはいつの間にかグラスの縁を越え、テーブルに水たまりを作るだけでは飽きたらず、智くんのジーンズを濡らしてしまった。


「ご、ごめんなさい」


慌ててふきんをとって彼の膝を拭く。
ゴシゴシとこすりながら、目に涙がこみ上げてくるのが自分でも分かった。

……はじめまして、って言った。

智くん。
もう私との過去なんて無かったことにしてるんだ。


「……あの」

「ホントに。ごめんなさい。あの」

「大丈夫ですから。ちょっと濡れただけだし。夏だからすぐ乾くので」

「でも」


私が涙目になっているので、周りはぎょっとしたようだ。


「智、女の子泣かせるなよ」


高柳さんが智くんをからかうように言う。


「違うんです。ごめんなさい、私」


私はいたたまれなくなって、口元を抑えて席を外した。