夢のような恋だった



 本屋内にはテナントとしてチェーンのコーヒーショップが入っている。
私は珈琲を買って、柵で区切られているそのスペースに入った。

 見渡すと、夕食時だからか人気は少ない。
智くんは窓際の二人がけの席に座って、外を見ている。頬杖をついて、長い足を組んで。

窓から差し込む黄昏の朱色が彼を染めていて、私の胸が痛いくらいに騒ぐ。

恐る恐る近づいて行くと、彼のほうが私に気づいた。
笑うでもなく手招きされて、私は飛び出しそうな心臓を押さえつけながら近寄った。


「あの……」

「座れば?」

「……うん」


彼の目の前に座る。彼のカップはもう空っぽだった。
私は珈琲に口をつけようとしたけれど、喉が詰まって一口も飲み込めない。


「あの、……智くん」


呼びかけに、彼の視線が私を捉える。

でも笑ってくれない。
ただ言葉に反応しただけだと分かる表情に、私の体がまたぎこちなく固まった。


「……って、呼んでいい?」

「え?」


怖くなって続けて、素っ頓狂な彼の声に心が縮こまる。


「智くんって、また呼んでもいい?」


たったこれだけのことを聞くのに、泣きそうだ。
彼は少しの沈黙の後、やっぱり「うん」とだけ続ける。