彼は高速を降り、制限速度を守って運転していた。

助手席には、愛用のヴァイオリンを乗せていた。

　週末、彼は彼女とピアノコンクールを聴きに行く約束をしていた。

彼女の教え子、詩月がピアノコンクールの本選に出場すると聞き、その演奏を楽しみにしていた。

カーステレオからは、詩月が本選に弾く「ショパンの雨だれ」が流れていた。

　彼は対向車のベッドライトが雨のせいか、いつもより眩しく感じられ、慎重に運転していた。

雨脚がしだいに激しくなり、視界も比例するように悪くなった。

　交差点を右折しようとウインカーを上げた矢先、猛スピードの普通車が交差点に走りこんできた。

彼は危険を感じ素早くハンドルを切ったが「あっ」と、息を飲む間もなかった。

突っ込んできた車は、運転席側を大きく抉るようにしてぶつかった。

助手席に乗せていた愛用のヴァイオリンが、無傷なのが奇跡だった。