白い猫は、左右色の違う目を詩月に向け、黙したままヴァイオリンの弦を押さえる詩月の指の動きを凝視している。

 望郷の思い溢れる、チャイコフスキーのヴァイオリン曲OP42ー3「懐かしい土地の思い出」は、愁いを帯びた美しい曲だ。

「懐かしい土地の思い出」は三つの小品から成る。

 詩月は、3つ目のメロディが1番タイトルにしっくりしていると思う。

何より、この曲は詩月にとって特別な曲でもある。

 数年前まで詩月のヴァイオリンの師匠をしていた女性リリィのお気に入りの曲で、彼女がレッスンの合間によく弾いていた曲だ。

詩月はこの「懐かしい土地の思い出」を弾く時、いつも元師匠の顔を思い出す。

「なぁ、誰かの演奏……思い出さないか?」

「そうそう、うちの大学に、この曲を弾く教授だか准教授がいたよな」

「今、どうしているんだろうな。事故で怪我をして退職した……」

 会話を耳にするマスターの目に翳りが差す。

―――いつ、戻ってくるんだ? もう、ヴァイオリンは弾かないのか? 彼女は今も信じているんだぞ

マスターは演奏する詩月の姿に「彼」を重ねた。