「何か?」



「いえ、」



「おかしな奴だな。週末はいよいよ予選だ。

風邪を引くなよ」



「はい」



詩月は、短く答えてジャケットの身頃を整えた。



「周桜……」


安坂が詩月の耳元で囁く。



「お前、指は大丈夫か?」



詩月の表情が固まる。



「昨日の演奏……3箇所遅れたよな。

お前なら、そんな凡ミスはしない」



「……かないませんね」



「早めに診てもらえ。

コンクール前だ。練習をしないわけにはいかないだろうが……無茶はするなよ」



詩月は無言で頷いた。