金木犀のアリア

「ええ、彼にもう1度ヴァイオリンを弾いてもらうために」



「周桜……?」



「もちろん、昨日の演奏程度ではダメですけど、それでも渾身の思いを込めて、最高の演奏をすれば……思いは届く。奇跡は起こる、そう思いませんか!」



「お前には……敵わないな、ったく」



詩月の迷いのない、真っ直ぐすぎるほど澄んだ瞳に、安坂は苦笑する。



「そうね。こんなにすごい演奏をしていた人ですもの」



「そう、……だな。招待してみるか」



「マスターにも話してみますね」



「来てくれるといいわね」


郁子が、柔らかに微笑んだ。



 楽譜書庫から出ると窓の外の景色は、薄墨に染まり始めていた。


時計代わりに、携帯電話を開いて時間を確かめ、陽がおちるのが早くなったなと思う。