そのあと侑也と一旦別れて、私は一人廊下を歩いていた。


亜美は私を信じてくれた。


侑也も私を信じてくれた。


私の身の潔白を信じてくれる人は、確かにちゃんといる。


とは言うものの。

どうしたらいいだろう。


必死に頭を回転させながら、歩いていると、ごつん、と何かにぶつかった。


思わずしりもちをつく。


「った~!」


ぶつかったものを見ると、私は目を見開いた。


「うっそ、こんな時に…!」


ぶつかったもの、それは。


「オマエノ血 寄越セ」


吸血鬼。


けれど、この前の廃倉庫で見たそれとは明らかに違う。


あの時の子供よりずっと、小さい。


けれど口元からのぞかせている鋭い牙。

血の気の悪い青白い肌。

それらは全て吸血鬼を連想させるものだった。



「あんたにあげる血なんてないっつーの」


笑みを浮かべて挑戦的に言うと、その吸血鬼は怒った様子で私に言った。


「オマエノ血 寄越セ!」


吸血鬼は怒った様子でナイフを投げてきた。

間一髪でそれをよける。

ドス、と鈍い音がして、ナイフは廊下の壁に刺さった。


「ちょっ、危ないっつーの!怪我したらどうするのよ!」


「血ヲ寄越セ!」


血のこと以外、何も考えていないようだ。


どうしよう。


ポケットに手を入れて探っても、何か武器が出てくるわけじゃない。


ジリジリと追いつめられる。


「寄越セ」


吸血鬼はナイフをまた投げた。


何とかよけるけど、少し頬をかすった。


一滴の血が溢れ、頬を伝い、音もなく廊下に落ちる。


「血ダ!」


しかし血に敏感な吸血鬼はそれに素早く反応し、鼻をひくつかせると目を見開いた。


そして恍惚の笑みを浮かべた。


「コレ ハ ファイ ノ 血!」


吸血鬼は廊下に落ちた一滴の血をなめとると、「甘イ 甘イ」と笑った。

恐ろしい、と思った。

自分よりはずっと小さなこの生き物が、ひどく恐ろしいと思った。


「モット 寄越セ!
ファイ ノ 血 ヲ 寄越セ!」


「だから、さっきから言ってるでしょうが!あんたにあげる血は一滴もないっつーの!」


私は言いながら逃げる。

武器を何も持っていない私にはそれしかできない。