「とりあえず、この人混みの中から出るぞ」


吉崎君は私の右手首を掴んだまま、人混みを掻き分けて進んでいく。


確かに繋がれた、吉崎君の手の体温と、力強さ。


強引で荒っぽいのに、どうしてだろう。


どこか暖かくて優しいと、そう感じて。



ひどく安心している自分がいる。



「香宮と寅木はパレードを見るっつって先に行ってる」


人混みから抜け出したところで、吉崎くんが言った。


「あんたは見るか?パレード」


私は首を横に振って「見ない」と言った。


「迷子になりそうだしね」


私が笑うと、確かにな、と吉崎君は真顔で頷いた。


「そこは否定しないの?」


ムカついて挑戦的に言うと、吉崎君は眉間にしわを寄せた。


「手を繋いていたのにも関わらずはぐれて迷子になりそうになった奴が強気で言ってんじゃねぇよ。馬鹿が」


吉崎君は背を向けた。


「じゃ、俺は帰るから」


ポケットに手を突っ込んだまま、歩きだそうとする吉崎君を呼び止めた。


「待って、吉崎君!」


吉崎君はかったるそうに振り返った。


「んだよ」


眉間にしわを寄せていて、怖いったらない。


一瞬怯んだけれど、それでもこの思いを伝えなければ。


「ありがとう。また、助けてくれて。本当に、ありがとう」


私がそういうと、吉崎君は微かに口の右端を上げた。



「迷子になるんじゃねぇよ、バーカ」



吉崎君はもう一度前を向くと、駅の方に向かって行った。


私はその後姿をずっと見ていた。


吉崎君は、バーカ、と言って私を罵倒した。


確かに、罵倒したのに。


その言葉の温度が優しくて穏やかで。


吉崎君の言葉が脳内でずっと反響していた。