その日も麻子は、純一のマンションに居た。


「……」


なにをするわけでもなく、ただ、身を小さくするように座り、子犬を眺めている。ヒタッと、気付けばすぐ間近に来ていた足音に、麻子は顔を上げた。


「……たった数日で、そんなに別れ難いか?」
「……いえ。ただ……幸せになって欲しいな、と」


麻子は、口には決して出せずにいるが、〝捨てられた〟その子犬に、純一の過去を重ねて見てしまうことがあった。

この子犬は、母ではなく、飼い主に捨てられたわけだが――純一は、母親に捨てられた過去を背負っているから。
もともと、敦志が言っていたように、麻子の性格上放ってはおけなかった。が、ダメ押しのようなその事実が、麻子の世話焼きの精神を駆り立ててた。

純一は、目線を合わせるように長い足を折ってフローリングに膝をつけると、麻子を引き寄せるように自分の胸に抱きとめた。


「雪乃ちゃんの親戚だ。心配には及ばないだろう」
「はい」
「……君は、いつも人の幸せを願うばかりで、肝心な自分の幸せは後廻し……いや、もっと言えば、頭にないだろ」


純一の胸の中で落とされる言葉に、麻子はなにも言えずにいた。
ぎゅ、っと少し力を込めて、麻子を抱きしめると、純一が頭にキスをした。そして、目を閉じて言う。