――それから。

夕食も入浴も済ませ、特になにをするでも話すでもないけれど、麻子と純一は同じ空間に居た。
麻子はフローリングに腰を降ろし、子犬の傍に。純一は、ソファに腰を掛けて、新聞を眺めている。

大抵、二人の時間はこんな感じになることが多く、一見、倦怠期のカップルかのようにも見えてしまうのだが。しかし、二人はそういう感覚でいるわけでななくて、言葉を交わさずとも、視界に相手がいるだけで、安心感みたいなものを感じているのだ。


「そろそろ帰ります」


時計を見た麻子はスッと立つと、純一にひとこと言った。

麻子は純一と恋人関係になってからも、ここで朝を迎えることはなかった。それは、自宅に居る父・克己が心配だからである。
先程の、少し多めの料理も、翌日にでも父に食べてもらいたいからという理由だった。


「――――ああ」


それを知り、受け入れている純一は、当然そのことについて咎めるわけもなく。
そんなこと関係ないくらいに、純一の深い想いは確かなもの。

――あっさりとした関係で、淡白な時間だけを共有しているわけではなく、当然、それに見合った甘い時間も必ずある。

帰り支度を手早く済ませた麻子を、後ろから抱きしめる。
そのサラサラな髪に顔を埋めるように、きゅっと麻子を腕の中に掴まえると、彼女の香りを堪能する。


「麻子」