男に礼を言って、アスラは立ち上がった。
そして、「では」と頭を軽く下げて、その場から立ち去ろうとする。
あのときのことを掘り返されても面倒だ。
だが。
「あ、ちょっと待って!」
男に手首を掴まれて、アスラは逃げそびれてしまった。
仕方なく、男に向き直る。
そして何か言われる前に、「あのときのことをあんたに語る気はないぞ」と、先手を打った。
しかし、男は首を横に振った。
「違う。あのときあの宿屋で何をしていたかは、もういいんだ」
「じゃあ、他に何か用が?」
「うん。――君の名前を教えてほしい」
それはそれで面倒なことを訊くな、と、声に出さないながらもアスラはうんざりとした顔をする。



