「落ち着いていけよ。一点入っただけだから。
あとの二人、確実に抑えていこうぜ」
3回目のタイムを使い、マウンドへ来た駿はそう言ってくれた。
遥が長打を出されるとなかなか立ち直れないこと、そして焦ると崩れやすくなることをよく知っているので、前向きな態度で声を掛けてくれたのだ。
しかし、現実はそううまくはいかなかった。
ストライクが入らなくなり、次の二人を四球で塁に出してしまった。
さらに続く二人にライナーを打たれ、点差は8に広がった。
どちらも、駿のサイン通りに投げたコースだったのに。
遥は追い詰められていた。
いや、ひょっとしたら、もっと追い詰められていたのは駿だったかもしれない。
相手スタンドの応援が白熱するなか、バッターボックスに立ったのはあのピッチャーだった。
あいつには、前の回で点を取られている。
確実に抑えないといけない。
帽子をかぶり直して本塁を見据えたとき、遥は背筋が泡立つのを感じた。
駿……どうした?
向けられているミットから、何も読み取れなかった。
あるようでそこにない、存在していると認識できないくらい、からっぽだったのだ。
駿がこちらを見ていない。
駿の形をしてそこに座っているだけの、異質な何かのようだった。


