秋山が妙なスキップで倉庫に向かう。
普段通りの彼の調子に、遥は小さくほっとした。
マウンドには、監督と1年生ピッチャーの藤枝の姿があった。
本塁ベースには、キャッチャーマスクやプロテクターを身につけた溝口がいる。
藤枝は瞳に、溝口は顔全体に、喜色を浮かべていた。
そうであろう。
野球をする者のほとんどが、マウンドに立つことに、本塁ベースに座ることに憧れている。
そのポジションに呼ばれることは、光栄に近い感覚だ。
『一緒に野球やろうよ。清水くん、絶対にピッチャーだよ』
7年前、野球に誘われたときにそう言われた。
遥もまた、マウンドに立つ感覚が嬉しくてたまらなかった。
あの高く盛られた土の上で、グラウンドでいちばん空に近いところで投げられることが、こんなにも楽しいことだとは思わなかった。
楽しい。本当にそうか?
あの試合は、本当にタノシメタノカ?
ホームラン。
沸き立つ相手チームのスタンド。
四球。
入らないストライク。
五番、左打席。
そして……
「はーるーかくーん、お、ま、た、せー。
いやあ、予備って意外とあるもんなんだね。
どれがかっこよく見えるかついつい迷っちゃったよ」
飄軽な声に遥は我に返った。
広いグラウンド、あのマウンドで見た最後の景色が掻き消える。
防具だけでなくヘルメットまで身につけた秋山が、マスクを持って歩きにくそうにこちらへ寄ってきた。
なかなかサマになっている。
「……え?なになに、なんでそんな見つめてんの。
ちょっと、恥ずかしいんすけど。
あ、あ、まさか、おれに惚れちゃった?
だめだぞ、おれ、女の子以外はお断りだか、いてっ、いててててっ、耳引っ張んなって、いててててて」
「早くやるぞ、バカ秋山」
プロテクター越しに胸を叩いて、遥はブルペンへと歩き出した。
今、ダイヤモンドに囲まれたマウンドで、投げられそうになかった。


