「川口がいないんだ。すまん、代わりにやってくれ。


できる奴はお前くらいしかいない」


「溝口がいるじゃないですか、次のバッテリー候補、有望株ですし」



監督は右手を振った。


だめ、というサインである。



「今日、溝口には藤枝の球を受けさせる。


藤枝は1年で唯一のピッチャー候補だからな。


秋季大会に向けて、指導が必要だ。行くぞ、神崎、溝口」


「はい」


「あっ、はい」



言い終えるや否や、監督は藤枝実(ふじえだ みのる)のいる三塁ベンチへ歩き出した。


神崎がきびきびとそれに続き、溝口が慌てた様子でついていく。


結局、遥の投球練習の捕手は秋山となった。



「あ、秋山……なんか、ごめんな。


受けてもらっても、いいか?」



おずおず遥は声をかける。


こんなお調子者だが、監督の言っていることは事実だ。


他の部員で、キャッチャーでなくてもすぐにピッチャーに合わせて捕球できる者はいない。


辛うじて球を捕まえられるくらいだ。



「……今の監督の科白」



秋山がこちらに向いてぼそりと言う。


よく聞こえなくて、遥は首をかしげた。



「は?」


「『お前しかいない』ってさ。いやあ、いいねぇー。


かっこよくね?エースピッチャーの相手が務まるのはお前だけなんだって言われるなんてさ。


頼れる男はおれだけって、監督もおれのこの才能をよく分かってるんだ」


「いや、そこまで言ってなかったぞ。


それに監督は『お前しか』じゃなくて、『お前くらいしか』って言ってた」


「どっちでもいいわ、細かいところは気にすんなっての。


なんだよ清水、秋山クンの才能が羨ましいの?


ひがむなよー、みっともねえぞー」



お前うるせえ、と遥は秋山の尻を叩いた。


秋山が大げさに悲鳴をあげる。



「清水、なんかお前、今日はやけに暴力的だな」


「お前と一緒にすんな」


「一緒って、おれは暴力的なんかじゃねえよ」


「よく言うよ、昨日リョウに飛び蹴りやってたくせに。


それより、時間ないし早く始めるぞ。


急がないと、下校中の女子にかっこいい姿見てもらえねえよ」


「それはまずい。あっ、マスクとか借りてこーようっと」