厨房に注文を伝えて振り返ると、ミナセのスタッフさんが話しかけてきた。

「ここのお弁当屋さん、自分で買いに来たの初めてで」

「そうなんですかー」

 正直、こういう話題って、なんて返していいか分からないよね。たぶんテンション上がってるんだろうけど。

「ここの弁当、美味いって評判なんですよ、うちの社内で。あ、バイクショップなんですけど」

「知ってますよ。ミナセさん」

「おお、ありがとうございます。この間、豚しょうが焼き丼食ったっす。美味かった」

 そうだったんだ。あの、あたしが味噌汁届けた時ね。なめこの味噌汁ね。あの時、この人も食べたんだ。美味しかったって、そう言われるととても嬉しい。

 あの日、忘れ物を届けに行かなければ、バイクの免許を取ろうと思わなかっただろう。そして、光太郎さんとの距離も縮まなかったと思う。

「うちのスタッフがここ通ってて、美味いって言ってたからみんなで食べたんすよね」

 光太郎さんのことだな。

「また6個とか7個とか、頼むかも」

「お待ちしてますね」

 営業スマイルになってしまったかな。にっこり微笑んで、厨房から出てきた日替わり弁当をビニール袋に入れる。「お会計しますね」と言いながら、お弁当をお渡しした。

「光太郎さ……霧谷さん。買いに来てくださってるんですよ。」

「そうそう、光太郎。そっか、ここ通ってたら顔見知りですもんね」

 呼び捨てしつつ、あたしからお釣りを受け取る。

「はい」

 顔見知りっていうか、二輪免許の練習させていただいています。つなぎのショップ名刺繍の下に、名札は無かった。お名前が分かりません。

「あいつね、苦労してっけど、いいやつだよ」

 こういう感じでお客さんとおしゃべりしている時に、混み合っていたりするとお店にもお客さんにも迷惑だけど、いまは幸い、誰も居ない。まぁ、お客さんも空気読んでお話したりするけれどね。近所のひとり暮らしのおばあちゃんとか、話好きだから。

「そうですね。分かります」

「苦労しすぎると、性格って曲がる気がしない?」

「あは……そうなんでしょうか」

 ちょっと偏見かな。

「なんで俺ばっかり、みたいにならないのかなって。俺はぬるま湯人間だから分からないけどさ。光太郎は、いいやつだよ」

 この人が言ってることも分かる気がする。「なんであたしが」ってなるよね。でも……光太郎さん、苦労人なんだなぁ。ますます好感度が上がる。

「バイク興味無いかもしんないけど、カフェもあるからショップに遊びに来てくださいねー。じゃあ」

「あ、ありがとうございました」