「なにすんだよ!」

思わず、怒声が散る。

「痛いじゃないですか…」

情けなくも、自分の血を見て、気が遠くなる。

「それじゃぁ、やめますか?」

女はたんたんと言う。

「まだ私の顔を見ていませんから。
戻れますよ」

女のそんな冷静な声に無性に腹が立った俺は、

「そんなわけないじゃないですか」

自ら逃げるチャンスを潰していた。

「それでは、これでサインを」

女が差し出したインクを浸すタイプのペンの先を、自らの血に染める。

「…これでいいんでしょ」

署名した契約書は、血でてらてらと卑しく光る。

「えぇ」

女は短く答え、それを自分の方に引き寄せた。