しかし、戸口は外側から閉められていて、とても優菜の力では開けられない。


「待てと言うに」


男は優菜の肩にそっとを置くと、


「まあ話を聞け。
そなたのことは丁重に扱ってやる」


と囁いた。

葉擦れの音に似た、静かな声だ。

不思議なことに、あれだけ焦っていた優菜の心はいつの間にか落ち着き、気がつけば男に向かい合って正座していた。

優菜自身、まるで催眠術にでもかかったようであった。


「儂(わし)の名は漣(さざなみ)。
ここらの山々を支配する、妖の頭領よ」


漣という男は、自らの胸に手を当てて、そう名乗った。


「あや、かし?」

「妖怪の仲間と思えばよい」


漣はうなづいた。

優菜は、この神社の化け物伝説を信じてはいるが、妖怪という現実味のないものを信じたことはない。

ゆえに、漣の言うことには思わず息を飲んだ。

彼がただの和装の男だと思いたいが、その目の色、牙、周囲を取り巻く謎の炎が、なによりの証拠となっている。


「儂はな、今年で千歳を超えるのだ。
妖とて寿命はある。
だか、儂には世継ぎがいなくてな」

「はい……」

「世継ぎを持つためには、どこかの女と契らねばならぬ。
儂はここ数日、我が妻となる女を探しておったのだ。
そこで、そなたを見つけた」


漣は妖艶かつ鋭い瞳で優菜を捉える。

ここで優菜は、漣の言いたいことを理解した。

案の定、漣は優菜の手を持ち上げると、そこに唇を這わせた。


「儂の女になれ、平坂 優菜よ」