*悪役オムニバス*【短編集】




まだ幼い、少女の声だ。

その少女は唐突に、家の玄関をからりと開けた。

ノックをしないのも当然だ。

荒屋のうえ、誰がどうみたって人が住んでいる様子はない。

誰もいない襤褸屋に、ノックは必要ない。


「あっ……」


嶺子は慌てて隠れ場所を求めた。

しかし、この和室には隠れられる場所がない。

唯一ある押し入れも、襖が倒れていて中が丸見えだ。

隠れようがない。

嶺子はあたふたするばかりで、そこから動くことができなかった。

そうしている間にも、足音は床を軋ませてやってくる。

そしてとうとう、からりと戸が開けられた。


「わ」


開け放たれた戸の先で、少女が小さく声を上げた。

コートを着込み、ニット帽をかぶったツインテールの少女である。

肩からは小さな黄色のポシエットを下げている。

年は嶺子と同じか、それより上かと言ったところで、大きな丸い目が可愛らしい少女だった。


「ひっ……」


嶺子は身を竦ませ、とっさに腕で顔を庇った。


「こっ、来ないでっ」


嶺子は叫んだ。

しかし戸口の先に立つ少女は、なんのことかと首を傾げるばかりで、立ち去る気配もない。


「帰ってよ!」


嶺子は鼻声でいまいちど叫んだ。

だがその直後に、ぐるる、と間の抜けた腹がなる。


「どうしたの?
お腹空いてるの?」


嶺子の漆黒の肌には目もくれず、少女はそう訊いた。