*悪役オムニバス*【短編集】





竹林の中を突き進み、草を掻き分けて前進する。

行く当てはなかった。

あの塔に帰るには、あの大通りを通らなくてはならない。

しかし、それをしてしまうと、また人にこの姿を見られてしまう。


『化け物』


そう誰かに言われるのだと思うと、嶺子は怖くなって、とても人のいる場所に出られなかった。


なにより、また人を傷つけるかもしれないという危機感が、大きかった。



(戻りたくないなあ……)



嶺子はまた、涙ぐんだ。


本音を言ってしまえば、戻りたかった。

あの塔の中は安全だ。

その上、自分にご飯を与えてくれる。


昼食前に塔を出てきた嶺子は、腹を空かせていた。

その空腹のせいもあって、ますます塔に戻れないことが切なく思えて、ひどく悲しくなった。


人に会いたくない。

しかし戻りたい。


感情の板挟みにあい、嶺子は頭を抱えた。

そうやって苦悶に眉を潜めながら歩いていると、ふと、開けた土地に出た。


周囲を竹林に囲まれた、小さな荒屋だ。




「ーーー」


嶺子はしばし呆然としていたが、その荒屋のそばにあった小池を目にするなり、素早く駆け出した。

澄んだ水面に頭を突っ込み、何度も口の中をゆすぐ。

血の味が完全に消えるまで、何度もだ。


「げほっ」


いっきに口に水を含んだからか、嶺子はむせて顔を上げた。

揺らぐ皆もに映った自身の顔は、この世のものとは思えぬほどに醜かった。


不気味なまでに黒い肌。

翠の瞳。


やはり自分は人間ではないのかもしれない。



「うっ……」



眼前の水面に映った自分を目にして、嶺子は鼻が熱くなるのを感じた。



「うう……うっ……うえ……えっ」



自分に向けられた、軽蔑の視線。

それを思い出すだけで、嶺子は身を切られるような思いになった。