*悪役オムニバス*【短編集】





少年の手が伸びた瞬間、嶺子は咄嗟に、その厳つい手に噛み付いたのだった。


ぶちゅり、と音がして。


口の中に、雨に濡れた鉄のような、奇妙な味が広がった。


「がああああ‼︎」


少年が悲鳴を上げた。

見れば、その手の甲についた歯型からは、どくどくと紅い血が溢れている。

嶺子ははっとした。


そうだ。

自分の歯は、頑丈だ。

硬いはずの銀のスプーンにさえ、くっきりと歯型を残してしまうほどに。


銀のスプーンでも噛み跡を残せてしまうのだから、人の肉など柔らかい脂身も同然である。


「ご、ごめんなさい……」


嶺子はそこでようやく、正気にもどる。

心配して少年に歩み寄る嶺子だが、少年は後ずさりして、血の湧き出る手を押さえながら尻餅をついた。


「やめて!
やめてください!」


柄の悪い少年たちの中でも特にリーダー格だった彼が、蒼白になって懇願した。


「わああっ」


先ほどまで悪意をたたえた笑みを浮かべていた少年たちも、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。


「ま、待ってくれ!
置いてかないでくれ!」


少年は涙声で叫んだ。

嶺子にはなにが起こったのか、いまいち掴めなかった。

しかし、自分の口の周りにべっとりとついたそれを見れば、察することができた。