*悪役オムニバス*【短編集】




とっさに逃げ出そうと走り出した。

しかしそれよりも先に、彼らの長い腕が伸び、そのごつい手が嶺子の襟首を掴んだ。


「ぶつかっといて謝りもしねえのかよ。
ああ?」


先頭にいたオールバックの男ーーー少年が、高圧的な口調で嶺子を引き寄せた。


「ちょっと来いや」


言うなり、少年は思い切り嶺子の腕を引っぱった。

どうすることもできず、嶺子は少年たちの輪の中に倒れこんだ。


「てか、なにこいつ。
全身真っ黒じゃん。
なんかの仮装でもしてんの?」

「目とか緑色だし。
幼児なのにカラコンしてるとか、やばすぎ」


けらけらと、取り巻きの少年たちが高く嗤う。

なにを言っているのか、いまいち嶺子には理解できなかった。

しかし、少年たちは問うことを許さない。

先頭の少年が、そのつま先で軽く嶺子の背中をごついた。


「おい、なんか言えよ」


唸られて、嶺子は余計に怯えた。

体を震わせて、ふるふると湧き上がる嗚咽を堪えるのが精一杯だった。


「なんにも喋らねえじゃん。
言ってること分かんねえわけ?」


取り巻きのひとりが言った。


「もしかしてさ、あれじゃねえの?
歴史の教科書にあったやつ」

「ハーフだっけ?
外国人と日本人の混血っての?」

「でもそういうの、もういないんじゃね?
何十年か前の話だし」

「なんかの変装だろ」


少年たちは口々に言う。


「いたい!」


無理に髪を引っ張られ、嶺子は甲高く声を上げた。

うつむいていた嶺子の髪を、先頭の少年が鷲掴みにしたのである。


「痛いじゃねえよ。
てめえがぶつかったせいで、煙草の灰がズボンについたんだろうが。
どうしてくれんだよ」



完全な言いがかりだ。

先頭の少年は、嶺子の頭を乱暴に前後に揺らした。

立ち上がろうとすれば、その足の甲を勢い良く踏まれる。

髪が抜けた痛みに狼狽して、嶺子は謝ることさえままならない。


「いたいよう」


容赦のかけらもない少年たちの攻撃に、嶺子はとうとう啜り泣いた。