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ユキノは地下牢で倒れたまま、まるで死んだように眠っていた。

目を覚ましたのは、ちょうど魔法使いの処刑が執行された直後である。


魔法使いは、最後まで怯えたそぶりを見せなかった。

それどころか、あたかも端正に作られた人形のように微笑みながら、死刑執行人によって首を切られたという。

しかし、切られた首から血は出なかった。

斧が首と胴を切り離した刹那、魔法使いの体は瞬く間に無数の鴉にかわり、その鴉たちは、解き放たれたかのように曇天へと飛び去って行った。


ユキノは自室のテラスから、城の真下にある処刑台を静々と見つめていた。


「ーーー約束、守るよ」


ユキノは言うやいなや、魔法使いから貰い受けたリンゴを齧った。

今までになく、甘美なリンゴだった。

弾けるような果実を噛み締め、ユキノはむしゃむしゃとリンゴを貪った。

芯を残してリンゴを食べ終えたが、特にこれと言って、奇妙なことは起こらなかった。


が、



「うっ⁉︎」



ユキノは突然、胸を押さえてその場に倒れこんだ。


心臓が、身体中が熱い。

骨が形を変えている。

股間にかつてない熱を感じた。


しかし、その熱は五つ数えるうちに過ぎ去った。


(いったい、なにが)


なにが起こった?


ユキノは立ち上がる。

そこでおかしなことに気がついた。


きていた服が、妙にきつい。

長かったズボンが、やけに短い。

平たかった胸はさらに平たくなり、体のあちこちが硬くなっている。

腕に力を込めれば、そこに筋肉の筋が入った。


さらに驚くべきは、なんとユキノの体に、以前はなかったものがあった。



「げっ」



ユキノは驚いて声を上げた。

その声は太く、そして唸るように低かった。


「は、ははっ」


ユキノは涙をこぼしながら、腑抜けて笑った。

“王子にユキノは渡さない”

つまり、そういうことだったのだ。


(あの野郎)


嬉しさに、男となったユキノは頬染した。

男の身になってしまえば、王子はユキノと結婚することはできない。

しかもこれで、ユキノは“姫”ではなく“王子”として、王位を継承できる。

後妻も王子であるユキノに手出しができなくなるということだ。


なにかあったら、魔法使いの呪いだと言い張ればいい。


魔法使いの言葉の意味が、ようやく理解できた。

全て、ユキノの今後を案じてのことだったのだ。


「はっ……ははは」


力なく笑続ける王子・ユキノのそばに、一羽の鴉が舞い降りた。









「おはよう」













【終】