前に、一度だけ考えた。


 もしも、最初に出会っていたのがイチだったら、わたしは、わたしたちは、イチを好きになっていたのかなって。


 いつの日だったか、頭に浮かんだこの言葉。


 言うつもりもなく、忘れるつもりだった言葉。


 あまりにも苦しくて、悲しくて、つらくて。


 言っちゃいけない言葉だったのに、イチにぽろりと漏らしてしまった。


 遮るものがなにもない、周りより少し高い場所にあるこの丘。


 ここには、青白い月の光がよく届く。


 呟いた直後にハッとして、人ひとり分空けたわたしの左側にいるイチを、横目で一瞥すれば。


 月明かりにほんのりと照らされたイチは、月を見ながら、静かに泣いていた。


 ――わたしがイチの泣き顔を見たのは、“あの時”以来。


 二度目のイチの泣き顔は、これから一生、忘れることはできないと思う。


 昨日のカナの横顔と重なって見えた、輪郭を伝って流れるその涙。


 それは、月光に照らされ、確かな輝きを放っていた。