波もなく、風もない、平坦な毎日。

悲しみと向き合うこともなければ、哀しみに暮れることもない。ただ満ちるに見守られ、時をやり過ごすだけ。


笑いかけると、笑ってくれる。

ロボットに感情を植え付けることに人生をかけてきた僕が、感情がないロボットに甘える。


なんて皮肉だろうか。

感情がないからこそ、こうして、満ちるの胸で眠ることができる。


感情がないからこそ、こうして、満ちるの胸で泣くことができる。

僕はもうそろそろ、亡くなるだろう。


やっと君のもとに旅立てるんだ。

「今まで、ありがとう」


僕は、皺だらけの手で、満ちるの頬に触れた。

いつまでも若く、美しくありつづける僕の妻。


最後に、あそこに行こう。

あの場所に。


「リュウゼツラン?」

「僕と君が初めて出会った場所さ」

車椅子に乗りながら、憎いほど高くそびえる竜舌蘭を見上げた。


花は咲いていない。

「僕が死んだら、すべてのデータが消える手はずになっている。君はもう自由だ。新しい人生を生きなさい」

「自由?」

「満ちる、ありがとう」


涙を流しながらも、僕は最後に笑った。

やはり。


満ちるも笑う。

涙は、流れていなかった…。