私の両手は、気付けば解放されていた。

彼の手は今や、私の両頬をやわく挟んでいる。

おかげで熱の高まりが早くなる。

意識が、唾液に押し流される。ごくりと、喉が鳴った。

「――っ、っ、――はぁ……」

交わりは、一分、なかった。

せいぜいが三十秒の出来事だった。

しかしその三十秒が、

「っ……長、さ、わ……お前……っ」

私の呼吸を、確実に乱した。

唇を離した長沢は、先程の三倍、暗い顔をしていた。

していたが、

「仁……俺はお前の定義には従わない。なんかわかんないけどな、お前がいつも言ってる定義ってのに、俺を、『長沢武男』をはめるな」

「長沢……」

「俺を、そんなものに、縛りつけるな」

そう言った彼の顔は、あのとき、私に『千』という数を要求した、アイツに似ていた。