「長沢、お前、私の彼氏よね」

「ん? ああ」

「だったら奢りな。こんだけ待たせたんだから」

結局一冊の本も買わなかった店を出て、歩道を歩き始める。

路面は、梅雨の晴れ間で、半乾きだった。

「ヴァンホーテンのココアでいい。奢れ」

会話と立場の主導権を握らんとばかりに彼の前へ踊り進んだ私へ、彼は少し、やれやれと言いたげに肩をすくめた。

「仁、あのな。お前もう少しかわいく言えないのか?」

「あん?」

「たとえば、ヴァンホーテンのココアが飲みたいな♪ みたいな感じで。にっこり笑顔でよ」

女言葉のインテリメガネによる寸劇に、私は拍手を送ってやった。ついでに冷笑。

「安心しな。そのうち私は一人称を『俺』にするつもりだから」

人をさんざ待たせた、まったくもって食えない彼は、私の恋人。

その、これから先も続くかはわからない定義に、私は要素を付け加えた。

すなわち、彼は人を苛立たせる達人だと。

二十歳を三百日ほど過ぎていたこの日が、彼にココアを奢ってもらった、最後だった。