「おい、やめんか!」
上様のお声がかかり、それ以上の暴力はふるわれなかった。
しかし、無防備だったあたしは口の端を噛んでしまい、そこに血がにじむ。
「血だ……」
松本さんが言うと、他の二人もハッとした顔でこちらを見つめた。
「上様、口に含んでみてください」
「って……このままか?」
「早くせねば、血は乾いてしまいます」
「そうか……許せよ、楓」
上様はそう言うと、そっと立ち上がり、優美な歩き方であたしに近づいてきた。
目前にひざまづくと、彼の膨れてしまった指先があたしの後頭部を抱え、その顔を近づけてくる。
なめられる。そう予感したあたしは、ぎゅっと目をつぶった。
そっと、口の端に口づけるように、上様が唇を寄せる。
そしてにじんだあたしの血を、ぺろりとなめてすぐに顔を離した。
目を開いて見たその顔は、少し赤みがさしたように思える。
え、そんな少しでもう効いたの?血のめぐりが良くなった?
「……御台には言うなよ」
上様は、他の二人に向かってぼそりと言った。
ああ、御台様……正室の和宮様と上様って、すごく仲がいいんだって聞いたことがある。
あたしに口付けまがいのことをしたことを、御台様には知られたくないんだ。



