「そりゃあ、オレがマウンドに立つだけで観客が増えるからだろ」
「…そうかもね」
大人しくそれだけ返事をすると、大和が少し不思議そうにこっちを見てるのが分かった。
だけど大和と視線を合わせる事はできずに、あたしは持っているボールをカゴに入れて、他のボールを持って磨き始める。
ボール磨きは嫌いじゃない。
こうゆう地道な作業は何も考えなくていいから。
…いつもなら。
またしても落ち込んでしまった気持ちに口をキュッと結んでいると、ふいに影が落ちた。
ナイターの白いライトがついてるのに暗くなった視界に疑問を持って顔を上げると、すぐそこに大和の顔があって…
「なに…」
近すぎる距離に疑問を投げかけようとした時、大和が、ちゅっと音を立ててあたしの唇にキスをした。
そして、にっと悪戯に笑いながら顔を離す。
…あたしの好きな顔をするのはきっとわざと。
頭のいい大和は、いつも、どこまでも知能犯だ。
「…グランドではこうゆう事しないでって言ってるじゃん」
照れ隠しをする訳でもなく、可愛げもなく言うと、大和がまたバットを振り始めた。
「だってアヤがやけにしおらしい顔してるからさ。
いいじゃん、あんなキスただのスキンシップだし」
素振りを続ける大和の髪から、汗の雫が弾かれた。
その雫が、ナイターのライトに照らされてきらきらと輝きながら地面に落ちる。
練習用のユニフォームに身を包む大和の背中には1番の背番号。
…そんな大和の後ろ姿に、胸がぎゅっと苦しくなった。
大和の事を考えれば考えるほど、数週間前の出来事が頭をよぎる。
ずっと、あたしの胸を覆い続けてる憂鬱の原因―――…
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