【短編】よわ虫kiss



「せっかく早く終わったのに、部室でボール磨き…

オレってなんて偉いんだろう」


結局文句言いながらも、あたしの隣でボールを磨く大和に、あたしは言い返さなかった。


そんなあたしに、大和は少し不満気にあたしを見ているみたいだった。


かまってもらえないと寂しいんだ、きっと。


…本当に甘ったれ。



ほこりっぽい、砂臭い部室が、今日は一段と気になる。


喉に張り付くような、体中にまとわりつくような湿気を帯びた、部室の匂い。


その匂いに混じる大和のユニフォームの匂い。


グローブオイルの微かな香料と、ボールの砂臭さ、バットのブリップのゴムの匂い…


そんな匂いのせいで小さく苦しくなった胸に顔を歪めていると、ふいに大和と肩がぶつかって、胸が跳ねた。


横目で大和を盗み見ると、大和は手の中のボールをギュっギュっと磨いていた。

…何も知らないんだもんね。




早く言わなくちゃ。

早く本当の事伝えなくちゃ。


…そう思ってから2週間ちょっとも経った。


あたしも往生際が悪い。


あたしが言わなければ、大和は何も知らずに、何も変わらずにあたしに接してくる。

いつも通りの大和で。

恋人の大和で。


それを失うのが恐くて、言うのが嫌だったけど…


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