幾つかの駅を過ぎ、理久は詩月に「立てるか」と訊ねる。




停車した電車。

乗客が先を競うように下車していく。




「おい、詩月」



理久はゆっくりと立ち上がる詩月の肩を抱え体を支えて電車を降りる。




「理久……1人でも精一杯弾けば、気持ちは伝わるはずだと……思ってた」




ポツリ、詩月が呟く。




「オケはチームワーク……そんな大事なこともわからなくなってた」



理久は何も言わない。

黙って詩月の呟きを聞いている。



「額田姫王みたいにさ……祈りを込めた歌で、士気を高め軍を導いてなんて……」





「はあ? 額田王……」




「万葉集だよ……熟田津にって歌」




「何それ?」




「……1人の力なんてちっぽけだ。
だけど……諦めたくなかった。
小さくても精一杯頑張ればって……」




呟く詩月の声が震えている。