「だから、『熟田津に』なのか」



僕はコクリ、頷く。




「何、それ!?」



「万葉集の歌、額田姫王の……

『熟田津に船乗りせむと月待てば 
潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな』

緒方を見てると思い出すんだ。

『あなたの意志から希望は生まれる』って言葉と一緒に」



「君にとって郁はローレライではなく、額田姫王ってこと?」



「緒方を見てると、頑張りたいって思う。

辛くても頑張りたいって」


安坂さんが穏やかな顔で、僕を見る。



「それって……」



「おい、野暮なこと言うなよ。照れ臭い」



理久が頬を赤くしている。



「オルフェウスはエウリュディケではなく、額田姫王に恋をしたのか」




「えっ!?」



呟いた安坂さんの意味深な言葉の意味が、理解できなかった。



理久は安坂さんの隣で更に頬を赤くしていた。