ベランダ越しの片想い





終業式の日以前も彼からなにか言いたげな瞳を向けられていたけど、無理に話をしようとは。

しつこく声をかけようとはしてこなかった。

だから、あとは彼より早く家へ帰ってしまうだけでよかったはずなのに。



「咲歩!」って、強く呼ばれた。



いつもと違うアキの様子に、ざわりとクラス中の人に走る動揺。



わたしの名前をそうやって呼ぶのは、高校ではアキひとり。



びくりと肩を震わせて立ち止まってしまったのは、よかったのか悪かったのかわからない。

だけど、少なくとも振り返った先にあったものは、わたしにたくさんのことを後悔させるには十分だった。



もうどうしたらいいかわからないといった表情に傷ついた瞳。



……そんな顔、させたくなかったのに、なぁ。



「ごめんね」



無表情だった頬の筋肉を使い、口角を上げる。

久しぶりに見せたわたしの笑顔はどんな風に映っているのかしら。





そのままアキの返事も聞かないで、教室から出て行く。

急いで走ることもなく、いつもと変わらない。

走る元気も残っていなかった。








そんなわたしを、彼も追って来ることはなかった。