邪魔! 邪魔はだめ!
こんな背後から、じっと見ていたら、仕事も捗らないよ。

でも――。白黒でこれだけ繊細に見えるんだもん。色付きの原稿は、もっと綺麗なんじゃないのかな。
カラーの表紙が見れるコミックスは手に取った。でも、どういうふうに描いて、完成したものはどんなものか、ちょっと見てみたいかも……。


そんなわたしの“念”にも似た視線に、ユキセンセは気付いたのだろう。
滅多に作業中に動かない彼が、くるっと顔を後ろに回した。

ばっちりと目が合ってしまったわたしは、いまさら『掃除してます』ってごまかすのも不自然で。
困り果てたわたしに、メガネ越しにセンセは笑顔を返してくれた。


「お願いしてもいい?」
「はっ、はい?」


「お願い」って、わたしなんかに、なんだろう?
出来ることなんて、家政婦染みたことだけだし。他になにも……。


自分なんかがなにを手伝えるんだろうか、と考えたときに、今日の美容室の真似事が、ぽん、と頭に浮かぶ。
自分の頭の中なんて、誰にも見られてるはずないのに、カズくんやヨシさんにヘンに思われてるのではないか、と体じゅうを熱くしてしまう。

このドキドキの原因は、ユキセンセに話しかけられたから――だけではなくて、仕事モードのセンセが相手だからかもしれない。

髪を乾かしていたり、買い物をしてたりするときの、ほわんとした雰囲気じゃない。
外見は、ぬぼーっとしてても、どこかキレのあるような、淡々とした感じに変わってる。


「このあたり、“ベタ”。あるページだから」


“ベタ”。あの、センセが風邪でダウンしたときに、唯一わたしが仕事らしい仕事を任された、あの作業だ。
なんだか、自分の思いあがりなのはわかってるけど、ちょっと昇格した気分になる。


「はい。わかりました」


きっと、大切な大切な、原稿用紙。
それを、素人のわたしの手に預けてくれることが、素直にうれしい。


わたしは両手で、その原稿用紙の重みを感じながら、数種類のペンを握り、ソファの前の座卓へと向かった。