「えぇと……その……弟が待ってますので……すみません」


仕方ないよね。約束は約束だし。センセは、なぜわたしを必要としてるかはわからないけど、とりあえず風邪もよさそうだし。


わたしがおどおどと答えると、彼はきょとんとした顔でわたしを見下ろした。


「……『弟が待ってる』って、いくつの?」
「え? ろ、6歳ですけど……」
「……実の弟?」
「は? はぁ……」
「…………」


「実の弟?」って、よく言われる。もう慣れたし、嫌な思いとかもしない。
だって、14も離れてたら、珍しい方かもしれないし。


問われた質問に答えると、ユキセンセはひとり口元に手をあてて、ぶつぶつとなにやら言っている。
そして、それを2順目の信号待ちになったときに止め、くるっと顔をわたしに向き直した。


「“クセ”と“約束”……そっか」
「へ?」
「引きとめてゴメン。急いで帰ってあげて」


ちょうど3度目の正直の青信号で、パッと大きな手がわたしの手を離す。
さっきまで、しっかりと繋がれていただけに、急に手が寒くなったことに少し拍子抜け。

ぽかん、とセンセを見上げたまま止まると、上限の月が後ろに見えた。
その優しい光と、ユキセンセのにこりと細めた瞳が同じものに感じて、なんだかとても綺麗。


「気をつけて。また、10日後くらいに」


そっと、頭を撫でられて言われたわたしは、月夜の彼に酔わされてしまいそう。
微動だにしないわたしに、「でも――」と続けて、ユキセンセの顔が近づいてくる。

瞬きもせず、ただ、棒立ちのまま。
すると、こめかみのあたりでセンセが囁いた。


「いつでも、来て」


一瞬、前髪に唇が触れた気がする。
そのくすぐったいような感触と、ごく近くで言われた言葉と声が残ってる。

それは、点滅した信号を走って渡り、駅に入ってもなお、続いていた。