チェックのシャツに明るい色のジーンズのユキセンセは、家を出てからわたしの一歩前を歩く。
前に二人で出掛けたときは、隣に並んで歩いていたからか、その微妙な距離に違和感を感じる。

元々、彼は無言の時間があると知ってるはずなのに、どうも、今の無言は種類が違う気がしてならない。

気のせいな気もするし、でも、あれからわたしを見もしないし、口も開いてないし。

そうこうしてる間に、本当に近くにあるスーパーに辿り着いたわたしたちは、まるでケンカをしてるカップルかのように入り口をくぐった。


「あの」


勇気を出して、自らこの微妙に感じる空気を打開すべく、声を掛ける。
でも、それに続く会話が見当たらなくて、再び沈黙に逆戻り。


「……生姜」
「はい?」


すると、突然足を止めたユキセンセが、ぽつりと言った。
手に持ってるものを覗いてみると、野菜コーナーで並んでる“生姜”だ。


「あれ、この生姜?」
「『あれ』……? ああ! あの生姜湯ですか?」


センセの手が、生姜の入ったパックを持ってるのがなんだか可笑しい。
つい顔を綻ばせながら、わたしは続けた。


「そう。コレです。すりおろして、はちみつと混ぜて。あれは、ちょっととろみもだしましたけど」


それは、あの風邪をひいた翌朝のときのこと。
いつもはお水を飲んで、コーヒーを飲んでるユキセンセみたいだけど、そのときだけ、わたしは勝手に違うものを出した。

風邪がまだ万全じゃない気がして、せめて、と。

その生姜湯が入ったカップを、そっと仕事中のセンセにあげたのだけど、全然飲んだ形跡がなくて。
それで、また『失敗したかな』と落ち込んでた。

けど、気付いたら、その生姜湯が飲み干されていて。
無理して飲んでくれたのかもしれないけれど、でも、うれしかった。

そのことを言ってるのだ、と気付いたわたしは、『あれはもういらない』って言われるのかと、ちょっとびくびくした。