「なんだって? 恵」
「きゃあ!」


不意に掛けられた声に、肩を上げて驚いた。
振り返ると、そこに立ってたのはカズくんだった。

声を上げるほどびっくりしてしまったわたしを見て、カズくんはバツが悪そうに言う。


「……あ、ごめん。急に声掛けて」
「あ、ううん。こっちこそ……あ。メグ、これからバイトみたい」
「バイトだぁ?! 先約(こっち)蹴ってなにしてんだっつーの」


ふざけるように怒ったカズくんだけど、どこかちょっぴり淋しそう。


あれ……? そのカズくんの“淋しい”は、わたしのさっきから感じる感覚とおんなじなのかな?


「? どうかした?」
「えっ! あ、えーと、ああ! その、ユキセンセの漫画、読ませてもらったらって、メグが……」
「ああ! 大丈夫じゃない? おれが言っとくよ」


カズくんはとっても話しやすい人だなぁ。
きっと、会ったのはこの前でも、ずっとメグから話を聞いてたからだ。だから、どんな人とかって言うのがわたしの中で形成されてるから、緊張感がない。


わたしが一足先にリビングに戻ると、すぐにきたカズくんの手には、さっそく本があった。


「センセー。センセの本、ミキちゃんに貸しますよ?」


カズくんは、言いながら、ドサッとわたしの広げた両手の上に本を置く。
肝心のユキセンセは、口元をピクリとも動かさずにパソコンに一点集中。


「ああ。いつもにも増して追い込まれてるから、ね?」


カズくんが口元に手を添えながら小声で言って、自席に戻っていった。