ああ、そうだよね。仕事は待っててくれないし……。
だけど、なんか、まだ本調子ではなさそう。さっきから、どこかふわふわした感じするし。


まるで当人になったようにわたしも悩み、出した結論はやっぱり生易しいものだった。


「どうせなら、少しでも回復した方が……結果的に効率いいの……かも」


そういう問題じゃない仕事なのかもしれない。
“間に合わない”っていうことは、センセの仕事じゃなくても、社会人なら許されないことだとも思った。

だけど……。


ユキセンセに見つめられて、言葉に詰まる。
メガネを外してるから、余計にその視線がダイレクトに感じるのか、痛い。


「あ……なんて、素人だから言えるんですよね、すみませ」
「不思議」


目を泳がせて、自嘲しながら発した言葉の語尾に、センセの声が重なった。


「――――え?」
「ミキちゃんが言うと、本当にそう思えるから」


その言葉が、きっとお世辞とかじゃなくて、本当にそう感じてくれてのことだと思ったのは、彼の表情。

キラキラと、澄んだ瞳で微笑んでくれてるから――。


「だからかな。つい、甘えちゃうのは」


スッと伸びてきた手に、ピクリと体を震わせられた。
その骨ばった手の甲に、頬をさらりと触れられて、わたしはぱちぱちと目を瞬かせる。

そして、顔が熱くなって、体中にその熱がまわっていく。

触れた手はすぐに離れて、ユキセンセは言う。


「じゃあ、あと少しだけ」


目尻に少ししわを作る笑い方に、今度は目が奪われる。
完全に返事が遅すぎるのに、センセがふらふらとリビングから居なくなってから、「はい……」と漏らした。