「あっ……えぇと、雪生……センセは」
「ああ! ごめんなさい。雪生、ちょうど寝てしまっていて……」


廊下の向こうの雪生の部屋に視線を向けて、申し訳なさそうにアキさんが謝る。
そんな、“特別感”がわたしの胸をちくりと痛くさせる。


「あ……あ、そう……ですか」
「うんー。急ぎの用事だったのかな?」
「いや、『急ぎ』ってほどのことでは……」


『アキ(あなた)のことが知りたくて』――――なんてこと、言えるはずがない。

そんな思いを秘めたまま、視線を交錯させる。でも、当然、わたしのほうが先にギブアップして、視線を外に投げ出してしまった。
それでも、横顔にはアキさんの視線を感じていて……。


「……初対面で失礼ですけど。あなたの話は少しだけ――」


なにかを見透かすような瞳に、わたしを映しだしながら。アキさんは、真っ直ぐに向き合う姿勢を崩すことなく。

そのピンと伸びた背筋が、なににもぶれないように思えてしまって。
もしかしたら、雪生の傍にわたしが近づくことを嫌がっているのかもしれない。

真顔のアキさんを見てると、そんな不安しか感じない。

彼女の言葉の続きをなにも言えずに待っていると、ス、とわたしに一歩ずつ近づいてくる。
逃げることも出来ず、一歩、また一歩と縮まる距離に、恐怖に似た感覚を感じ始めたとき――。


「“あの雪生を怒らせた”発端の子、でしょ?」
「――は……?」


「ふふ」っと突如、にこやかな表情で、わたしの右手を両手で取ってそう言った。


「雪生を怒らせた」? 発端?? 一体なんのこと?!

初めて感じた印象通り、再び柔らかな空気でわたしの手を包むアキさんを、ぽかんとしたまま見つめ返す。

そういえば、わたしのことを少し知ってる風なことを言ってたけど、それって誰からどういうことを聞いて……まさか、雪生がなにか言った? だとしても、「怒らせた」ってワードが全然結びつかない。

もしかして、あの一件。外崎さんの家にいたときのことで、まだ雪生は怒ってた……?
再会してからは怒られたりなんかなくて、大丈夫って思ってたけど……本当は、わたしに対してかなりイライラしたりしてたのかも……。

優しい雪生だから、そういうことを直接言わないで、アキさんに――。