あれだけ雪生の都合を考えて、今日は様子をみようと思っていたのに。
気付けば家を出て、街中を走りだし、今、ここに居る。

ひんやりとしたマンション内で、すぅっと息を吐き、呼吸を無理矢理落ち着けた。
707を押して、【呼出】ボタンに指を置く。

寝てるかもしれない。というか、その可能性が大。
でも、ここまで来てしまったし、なによりも会いたい。
だから、一回だけ。一度ならして出なければ、今日は諦めるから。

そう自分に言い聞かせてから、指に力を込めた。

ピンポン、と廊下に響き渡る。その音が聞こえなくなるまでがタイムリミット。
『どうか、起きていて』と、こっそり心で強く念じる。
だけど、もう呼出音も消えて行き、表示もそろそろ消えてしまう――という、そのとき。


『…………はい』


いつもと同じ、間のある応答。変わらない声。
それだけで泣きそうになるなんて、わたし、相当壊れてる。


「……あのっ……わたし――美希……です」


インターホン越しに名乗るというのが、なんだか慣れなくて。
今までは、わたしが尋ねてくることを知っていたから、名前を言う前に暗黙の了解で解錠されていたから。

それに、あの日、あのまま別れたあとだから。

ビクビクと、向こうの反応を息を潜めて待つと、雪生の独特の間ののちに聞こえてきた。


『…………来てくれるって信じてた』


同時に目の前のドアが開く。
この短い距離でさえも、今のわたしには遠い道のりで。エレベーターに乗り込んでもなお、走りたい衝動に駆られるくらいに。

なのに、いざ、707号室の玄関の前に立つと。
つい今までの勢いがどこへ行ったんだというくらい、物怖じするように棒立ちして。