あのまま帰らずに、こんなところでなにをしてるのかというと、ただひたすらまっさらな紙に定規をあててペンを引いている。

あの紙袋の中身は、外崎さんが今はほとんど使わなくなったという画材が入っていて。
すぐに中を見たわたしは、思わずその場で中身を広げ。
家に持ち帰って広げても、使い方がわからないんじゃ意味がないと思ったから、図々しくも、基本だけ教えてもらってから帰ろうと居座ってしまったという現状。

でも、こんな感じでいいのかな? っていうか、これ、なんか意味あるのかな……。

思いつきと、勢いで今こんなことをしてしまっている自分に、色々な疑問が浮上する。
一番驚いてるのは、“以前の自分なら、この場所でこんなことをするなんて決断、しなかった”と思うこと。

ついさっきまで知らない人。しかも、相手は男の人の家に居座るなんて選択もゼッタイなかったと思うし、全く未知の作業を進んでやってみようってこともなかった気がする。

それでも、こんなふうにわたしを動かしたワケは――。


「……オイ」
「えっ」


急に頭上から声が降って来て、びっくりしたわたしは肩を上げた。

袋の中身を出して、ちょっと見て行っていいかと聞くと、外崎さんは「好きにすれば」と言ってくれた。でもそのまま、あとはなんにも言わないし、わたしなんて見もしなかった。

その彼が、そのとき振りに、わざわざわたしを見下ろして声を掛けたということに驚いた。
振り向きながら見上げると、片目を細めるようにして、じっとわたしを見下ろしている。


「なに、してんの? さっきから」
「……ペン……使えるようになるのかな……って」


雪生やカズくんの作業を、真剣に見ていたわけじゃないから、本当に見よう見まねってやつで。
紙も散らかっていた部屋のなかで見つけたものを勝手に拝借していたのだけど。