「まだ帰ってこないの? 彼女」


触れてほしくないとこに、あえて触れてくる。
担当さんはいつも――――いや。担当というより、“澤井さんは”、か。

仕事の面でもそう。本人いわく、『これでも気を遣って優しく言ってやってる』って言うけど、まぁ厳しい。
オレは新人のときは別の人だったから、多少この仕事に慣れていたというのもあって大丈夫だったけど。きっと、今澤井さんが担当の新人は泣いてるんだろうな。

そう思ってしまうほど、この人は、痛いところをどんどん突くし、逃げさせてくれない。


「……見ての通り」


子どものように口を尖らせて、不貞腐れたように吐いた。
そんなオレをじっと見て、表情をひとつも変えずに澤井さんが言う。


「ユキもフツーの男だったんだなぁ」
「……それ、意味わかんない。今までなんだと思ってたの」
「んー。老人?」
「は? なぜ……」


真顔なのに、言ってることおかしいし。全然この状況で笑える気力もないし。

ギシッと音を立て、澤井さんは立ち上がると、オレの横に並んだ。そして肩に手を乗せる。


「ユキって、感情の起伏があんまないし。そういう雰囲気が」


『感情の起伏』――。
今のオレは、それを意識して抑えてるつもりはないけど……。


「だから、仕事が安定してて、一定のペースで出来るんかなぁと思ったり。でも、もちろんメリットだけじゃないとおれは思うわけ」


遠い昔に、その“大きな感情の起伏”というものを懸命にコントロールしようとしていた気がする。


「“感情”は漫画の命だとおれは思ってる。そして、生身の人間にも必要だ、とも」


その中でも、しいて上げるなら――。