「へー? なんかよくわかんないけど」
「春野センセの彼女」
「――――はぁっ??!」


クールで動揺なんかしなさそうに見えた澤井さんが、初めて声を上げて驚いた。

それもそうだよね……。雪生のとこの人間が、同期だとしても、なんでここにいるのか、って。しかも、雪生と来たわけでもない。わたし一人だけ、この部屋にいるんだから。


「ちょ、リョウ。なんの冗談?」
「いや、マジですって。ちょっと、人伝いに知り合って……ちょっとお願いして時間貰ったの」


目を白黒させて、外崎さんの話を聞くと、澤井さんは改めてわたしと向き合った。


「……ほんとに? ユキの?」
「あ……は、はい。その……食事とか、家事全般のお手伝いをさせていただいてる、向井美希です」


まるで雪生のご両親に挨拶をするかのように、緊張してガバッと頭を下げる。

なんで、外崎さんの家で、こんな初対面をしなくちゃなんないの……。
ここにはわたしのことを知る人もいないし、助けてくれる人もいないし。頼れるのは、雪生だけなのに、なんで……。


腑に落ちない状況に、頭を下げたままでいると、澤井さんの声が聞こえた。


「初めまして。いつもユキがお世話になってます。澤井賢太郎と申します」


その自己紹介に、ゆっくり姿勢を戻すと、視線の先に差し出された名刺が見える。それを慌てて両手で受け取ると、澤井さんがニコッと爽やかに笑った。


「お噂は、ほんの少し聞いてます」
「『噂』……?」
「ユキから。“命の恩人だ”と」
「は?!」
「はは。いや、ちょっと言い方間違えたかな。この間、ユキが風邪で大変だったときに助けられた、と」


あ、ああ! そのこと……。
助けただなんて、そんな大したことした覚えはないんだけど――――。

その最近の出来事を回想して、余計なことまで思い出す。
ユキに、初めて引き寄せられて、キスをされた日。


「でも、やっぱりそれ以上の関係だったワケだ」