畳みかけるように饒舌になる杏里ちゃん。

オレは、初めて自ら彼女に触れた。
両肩に手を置き、グッと軽く力を込める。そして真っ直ぐと向き合うと、杏里ちゃんもまた、晴れた瞳でオレを見上げる。

けど、次に言ったオレの言葉で、その顔はまた陰りを見せる。


「……気付いてないと思った?」


そう。それは、あの場ではあえて口にはしなかったこと。
美希にはすごくつらい思いをさせてしまったけど、これをあのとき言ってしまったら、このコの立場もあるかと思って。

あまりそういう“気遣い”が出来ないオレが、咄嗟に考えたことだった。


「……な、なにを――」
「この間の、墨を溢したときのこと」


たぶん。このコの立場とかは建前――二の次で。きっと美希なら、居た堪れない気持ちになって、感化されるように気まずい思いをしてしまうんじゃないか。
それと。今後の仕事にも、同業者である杏里ちゃんと溝をつくれば、何かしら支障をきたす可能性だって拭いきれないんじゃないか――とまで考えそうだな、なんて思う。

短い時間しか、まだ美希を見てないけど。美希は、自分よりも人を優先するタイプだと知ってるから。


「あれは、美希じゃないでしょ」


だから、ただそれだけで。オレは口を噤んだ。

オレがちゃんとわかっていれば、美希は大丈夫だとも思ったから。