『で、同期で力のある春野センセとさ。たまに仕事の話とかしたいなー、ってそのコに話してたから。それで、春野センセと繋がれるようにキミの連絡先教えてくれたんだけど……ごめん。マズかったよね……?』
「え――――?」


マズイマズくないは置いといて。
杏里ちゃんは雪生の連絡先も知ってるはずなのに、どうしてわたしのだけを教えたんだろう?

なにかヘンなことになってる、と頭を抱えていると、外崎さんが言った。


『あー、ゴメン! 実は、澤井さんから“ユキんとこに優秀なアシが入った”って聞いて、気になったから直接連絡しちゃったんだ、俺』
「澤井さん……」


それって、雪生の担当さんの名前だ。
じゃあやっぱり、この人の言ってることは本当なんだ。

知ってる名前やワードがいくつも重なって、わたしの警戒心は徐々に解けていく。
ただ、警戒すべくは杏里ちゃんなのかもしれない。


「『優秀』だなんて……わたし、全くの素人ですから」
『え?! そーなの?』
「……はい。ご飯作るくらいですよ、わたしなんて」


なんて惨めな気持ちだろう。
そのワケは、さっき見た、杏里ちゃんからのメールのせいかもしれない。


『……そーなんだ。じゃあ、さ。今から、少しだけ時間取れたりする?』
「はい?」
『まだ昼まで時間あるし、そっちの仕事に問題なければ』


『そっちの仕事』と言われると……確かに問題がないんだけど。しかも、目の前には、応答がなく開かないドア。
そして、もう一度ボタンを押す勇気がない。

だって……だって、次押して、今度も返事がなかったら? そうしたら、完全に立ち直れないじゃない。

そうして、せめて、とグレーゾーンに執着しようと、逃げる態勢でいるわたし。


『新人のコについて、と、春野センセのコト』
「え……? どういう……」
『どうやら家、遠くないみたいだからさ! とりあえずいい?』


明らかに不自然な誘いだ、って、いつもなら気がついていたはずなのに。
今のわたしには、冷静な判断というものが出来ない状態だったらしい。

『同期』『パーティー』『新人のコ』『澤井さん』『春野センセ』。

それらのキーワードで、完全に油断してしまっていた。

――――それと。この場から、ひとまず逃げ出す言い訳にしたかったのかもしれない。