蛇口を止めたバスルーム。テレビもラジオもつけてない部屋。当然、廊下も静まり返っていた。
そこに、ピンポーン、と階下での呼び出し音が聞こえてくる。


「――――美希」


振り払おうとしても、意外に引き剥がせないほど、腰回りに絡んだ腕。
余力はあるけど、あまり乱暴にしてしまったら……と、女の子への甘さが一歩を踏み出せないでいた。


「……ほんと、やめてくれない?」


たぶん、イラついた声になってたと思う。
だって、今すぐにでも癒やされたくて、会いたくて。そう思ってた人がもうすぐそこにいるのに。


「……あたしじゃ、だめ……ですか?」
「うん」


そんな質問、考える時間なんて要らない。
もうとっくに答えは出てる。なんの衝動も湧きあがらない、この気持ちがその答え。

即答したオレに、杏里ちゃんはさらに、ぎゅうっと回した手に力を込めた。


「もしも、ミキさんの方からユキ先生の傍に居なくなっても?」
「……は……?」


意味がわからない。
『美希の方から居なくなっても』、ってどういう――――。


密着してる杏里ちゃんの頭を見て、出方を待つ。
すると、ようやく少し離れた彼女は、オレの懐の中で見上げながら、大きな目を向けた。


「……二度目のインターホン、聞こえてきませんね?」


意味深な口調に、このときほんの少し、嫌な予感がした。