あっという間に目の前に来て、わたしに覆いかぶさるように腕を巻きつける。
広い胸におさまってしまうと、わたしの視界は全部奪われてなにも見えない。
わかるのは、雪生の体温と、匂いと、心拍音。

……数秒そのままの態勢で。すると、背中にあった雪生の手が、わたしの頭に移動した。
人に髪を弄られると、心地よくなることがある。けど、今のわたしはそんな経験が比じゃないくらいに、撫でられる指先から幸せを感じてた。

しゅるっと、髪を束ねていたシュシュを外されると、広がった髪に自由に触れる。
それがまた、どうしようもなく気持ちがいい。


「……いーにおい」
「い、や……! 汗かいてますから!」


自分で自分の匂いってわかんないし! 絶対いい匂いなんかしてないよ!
ていうか、男の人なのに、雪生のほうがなんかいい香りしてるとさえ思う!

恥ずかしくて、余計に汗をかいてしまいそう。
それでも、わたしは彼の腕や手や言葉から、逃れられなくて。


「なんか、甘いにおいがする」
「えっ……」


しどろもどろになりながら、どうにか冷静になるように自分で言い聞かせようと努力する。
その努力が必死すぎて、結果、まわりがなんにも見えてなかった。

ふ、っと雪生の胸と距離が開いたと気づいたときには、もうすでに目の前には彼の顔。

ちゅっと軽い音と共に、再び離れた雪生の目と目が合う。


「こっちも甘いけど」


にこっと笑いながら、親指でわたしの唇をなぞる。

なんかもう、どうしていいかわかんないっていうか、どうしたって雪生には勝てない!
いや、勝ち負けとかじゃないんだけど、ただこのままじゃ、ずっとこんなふうに翻弄されっぱなしだ。

誰がこんなに甘い時間を想像した? しかも、その相手が、不思議な空気を持つ雪生。さらに、まさか雪生がこんなに甘々な人だなんて、考えもしなかった!

動揺しっぱなしのわたしは、震える声でやっと口にした。