「それじゃあ、また。おじゃましました、ユキ先生」


雪生とわたしが玄関で見送ると、杏里ちゃんはペコっと頭を下げて、帰っていった。


「……なんか、パワフルなコ――でしたね」


数時間滞在していったけど、彼女がほとんど話をしていたし。なんていうか……“自分アピール”みたいなものを、なんとなく態度の端端で見受けられたというか。

初め、わたしに対する視線は気のせいかと思ったけど。でも、あのインクの件でわかった。
杏里ちゃんは、雪生に特別な感情を抱いている――――って。

杏里ちゃんが立っていた玄関をしばらく見つめていたわたしを置いて、雪生は先に踵を返してリビングへと向かって行った。
追うようにわたしも足の向きを変えると、背中を見せたまま、雪生が呼ぶ。


「……美希」


改めて二人きりになると、違う緊張が戻ってくる。
“恋人同士”的な緊張が。

足を止め、呼ばれた名前のあとに言われることを予想しながら、言葉の続き(答え)を待つ。


「疲れた。癒やして……」


正解は、わたしの想像からはそこまで遠くはない。
だけど、ストレートに「癒やして」と言われ、どんな顔で、どんな返事をすれば……。それに、具体的にどうしたら“癒される”のかがわかんないし。


「え、と……それは、いいのですが……その、どうしたらいい――」
「感じさせて」


――一瞬。あくまで、“一瞬”だけ! 「感じさせて」っていうワードに、大人的要素を思い浮かべてしまった。
その余計な自分の思考のせいで、対応が一歩遅れる。
一歩遅れると、そこから全てが後手に回ってしまって――。


「……!」