リクエストされた『親子丼』を食べたあと、ユキセンセは寝室に行った。


「これが最後の睡眠かな」
「よく毎回のことながら、体持ちますよね、ユキセンセ」


後片付けをしながら聞こえてくる、カズくんとヨシさんの会話。
すっかり日も落ち、時刻は夜の8時を回っていた。


「まー若さじゃね? 俺はもう30目前で真似出来ない……」
「そんなこと言って! ヨシさんが一番タフじゃないんスかぁ? よく夜通し飲んだって話してますよねぇ?」
「それはそれ。これはこれだ。あ、これ背景終わったからモブ頼むわ」


二人は視線を交わさずに、目の前の原稿用紙と向き合いながら言葉を交わす。
時折、わたしにはわからない、専門用語みたいなフレーズも聞こえたりするところをみると、仕事の話も織り交ぜてるようだ。

きゅ、っと蛇口をひねり、撥ねた水滴を綺麗に拭き上げる。


さて……。わたし、どうしたらいいんだろう。四六時中なにかをやり続ける仕事、っていうのはないんだけど……。


カズくんとヨシさんにそれぞれ置いてあるカップをちらりと確認する。


「あの……なにか、飲みますか?」
「あ、ありがとう。じゃあお茶を」
「俺はコーヒー淹れて貰ってもいいかな」


「はい」と笑顔で引き受け、カップを回収する。


まぁ、飲み物くらいは自分たちで出来る範囲なんだろうけど。だけど、ちょっとでも役立ててるのかな、と思うと全然苦痛じゃないし。

いつからかな……あ、たぶん上の弟の純が産まれたときからかな。

5歳離れた弟が家族になってから。
弟の世話をしたりすると、「えらいね」って褒められたりして。まだ自分も子どものくせに、『役に立ったんだ』って思える瞬間に満足してた。

そんな感情を未だに求めてしまうわたしって、変かな。

誰かの役に立つなら、自分は犠牲になってもいいかもしれない、だなんて。


「どうぞ」


お茶とコーヒーを差し出すと、二人から同時にお礼を言われる。
その些細な瞬間が、わたしの生きがいなのかもしれない――――なんて、ものすごく大げさな言い方だけど。


「あ。ミキちゃん。もう遅くなっちゃったね! ごめん、気付くの遅くなって。たぶん、センセも朝まで寝ると思うから、今日は帰って大丈夫だと思うよ」
「ああ、そっか。帰るのか。気付かなくてゴメン」


カズくんとヨシさんに続けてそう言われると、なんだか帰るのが惜しい気持ちにもなる。
けど、朝までただのお茶汲みなんて、そんな不自然な理由で残ることは出来ない。

わたしは翌朝また来ることを約束して、ユキセンセのマンションを出た。