「えっ……」


すぐ横で悲鳴が上がったから、びっくりして凝視した。
視界には、メープル色のデスクの上に、道筋をつくる黒い色。


――これって、インク……?!
え! ちょっと待って!! そのインクの先にあるのって――――!!


「原稿っ…………!」


飛びつくように、雪生の絵にインクが伸びてしまった原稿を手に取った。
上部だけとはいえ、綺麗に描かれていた顔に思い切り染まる黒。


ど……どうしよう……! 修正出来るの?! いや、ここまで汚れてしまったら、修正なんて出来る状態じゃない。
あ、でも、データかなにかでパソコンに残ってるとか?!

や、でも、このページ、たぶんさっき描き上げてたところだと思う。


わたしは、まるで自分のことのようにショックを受け、そしてパニックになっていた。


「……見せて」


いやでもデスクの状況を見れば、一目でどんな結果になったか想像出来たんだと思う。
雪生は、必要以上に言葉を発さずに、わたしの手から原稿用紙をスイッと持っていった。

そういえば、雪生が今まで怒るところを見たことがない。
いつでも動じなくて、おおらかで。

でも、さすがにこれは……。笑って許せる範囲じゃないし、まして、仕事なわけだし……。


“怒った雪生”の想像が出来なくて、余計に怖い。
そんなときに、信じられない言葉が飛んできた。


「すみませんっ……あたしがフタをしてなかったから……。だから、向井さんがぶつかって――――」