いつもカズくんが座る椅子に、ちょこんと腰を掛けた杏里ちゃんが、原稿用紙を手にして視線を落とした。
その横顔を見て、そんな違和感を胸にする。


「やっぱり、“先輩”の原稿って美しいです! 見習わなきゃ」
「……でも、少女誌とはまた違うでしょ。オレは、女性が描くような華やかな画面構成とか出来ないし」
「でも、絵が……っていうか、線がやっぱりキレイです!」


ものすごい褒め殺しの最中の杏里ちゃんに、さっき飲もうとしていたアイスティーを淹れて差し出した。


「あの……これ、よかったら」
「え? あ、ありがとうございますー! あの、この方って……」


両手でグラスを可愛く持って、口がつくすれすれでそう言った。
ちらりと見上げられる目は、しっかり引いたアイラインと、つけまつげ。よくよくみたら、グラスに触れそうな唇もつやつやしてて。指先も、鮮やかで可愛いネイルが施されていて、イマドキの若者だ。

……“若者”って、一応わたしも若いほうのはずなんだけど。


「あ、わたし、短期でお手伝いさせて頂いてます、向井です」
「え? 漫画家なんですか?」
「――いえ。その、家事全般だけ……」
「…………へぇー」


「漫画家なんですか?」の質問に、『NO』と答えた瞬間に、わかりやすいほど態度が変わった。

別にそれは構わないんだけど……なんか、びっくり。
こういう考え自体、偏見なのかもしれないけど。でも、“漫画家”って聞いたら、今目の前にいる杏里ちゃんのようなコは想像してなくて。

こう、どちらかというと、控えめで、大人しくて……地味めな……? あれ? なんか、自分に当てはまらない? その定義。


わたしがひとりで考え事をしている間にも、杏里ちゃんは雪生だけに夢中だ。